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「熟成」についての鮨武の気持ち②

世の中熟成流行り

気付けば多いですね、キーワード「熟成」。

「これからは鮨も熟成。今人気が出てきてる鮨店はぜんぶ熟成だよ」と親切に教えてくださるお客様もいます。

元々はアメリカにおいて、牛肉を美味しく食べるために研究されてきた技法であることは前回の記事で書きました。

「ほー」と思いましたよ、それをテレビで観たときは。「食べてみたいな」と。

特に脂が少なく、そのままでは少々硬く、肉に特有の臭みがあるアメリカの牛肉を柔らかく美味しくするにはいい方法なんだろうと思いました。

「そうしなければ美味しく食べられない」ことへの人間の知恵と言ってもいいものだろうと。

が、さすがに日本の鮨屋がマグロでこれをやっていることをテレビで観たときは驚きました。

ひと月ほど寝かせて真っ黒になったマグロの表面の身を切りすて、中心の色の良い部分だけ鮨ににぎっています。

お決まりの食レポをはさんで店の大将が

「熟成のタイミングを見極めるのが腕の見せ所です」なんてやってる。

表面を捨てる前提で…

「色が変わってしまったのでやむなく」なら分かる。

それは鮨職人ならずとも、料理に携わる者ならだれでもやります。

「削りながら使う」といい、大型の魚の、変色してしまった表面の身を削り取り、色が変わっていない内側の身を料理にすることを言います。

削り取った部分は生姜と一緒に甘辛く煮てご飯のおかずにし、無駄なくいただく。日本の調理の現場では当たり前に繰り返されていることです。

熟成マグロは違う。

「そうしなければクセが強くて食べられない」のではない

そのままでも十分に美味しいのに敢えて、最初から『周りを捨てる』という前提で魚を扱っている。(因みに、エイジングによって削り取った表面の肉は犬にとっても有害なので与えてはならない、とアメリカ食品医薬品局(FDA)が通達をだしています)

私にはできません。

これだけ危機的に減少している鮪資源、それを命がけで獲っている漁師達の存在、表面を捨てる前提でさせる「熟成」など私にはできない。

食べ物や生き物や人に対して、それはちょっと傲慢すぎだと思うからです。

そんな食べ方を私はしたくないし、鮨武でもやりません。

前の記事を読んでいただいた方には分かると思いますが「寝かせる」こともダメと思っているわけではありません。

私が言っているのは「表面を捨てる、という前提の熟成」のことす。

そんなことしなくたって日本の魚は獲れた瞬間から十分に旨いです。

よそ様の店のやり方をとやかくは言いません。

が鮨武では熟成鮨はやりません。

 

 

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代々木上原 鮨武