鮨の美味しさって写真に写りづらいです

過去の記事でも何度かふれてきましたが

鮨武の鮨はとてもベーシック

出てくるのはどこにでもあるフツウのお鮨たちです

SNS映えする商品はありません

「シンプルで飾りのない鮨」

「提供のしかたも余計な演出はしない」

という型を崩すことはしません

その分「味」への厳しさはまぁ結構アレです

結局そういう「飾らないけど本物」が私は好きなんです

人間に対しても同じですが話がそれる予感がするので控えますね

米人気寿司店の”人気メニュー”

少し前にテレビで

カリフォルニアの寿司シェフがつくる「革新的な寿司」の紹介をしていました。

彼が作るアメリカ人に大人気のひと皿は

というもの。

作る過程を見せながらテロップと音声で

「日本の鮨職人は慢心している。ただ酢飯の上に魚を乗せただけで進歩がない日本の寿司は、これから世界の寿司に負けてしまうと思うよ。現に僕の店では『日本の寿司よりもこっちの方が美味しい』っていうお客さんで連日満員だよ。日本の寿司シェフも伝統に胡坐をかかないで、一緒に切磋琢磨していきたいね」

という彼のトークが流れます

出来上がったの色とりどりで賑やかな”お寿司”を見て

「進歩ねぇ…」

と腕組みするアタシ

「なんじゃこりゃ?」子供の料理あそびか…?

日本の鮨は相撲、アメリカのは…プロレス!?

一方でこんなこともありました

少し前、どこかの国の現職大統領が来日時に大相撲を評して

「デブのプロレス、毎日同じことをやっていて進歩がない」

と仰ったと新聞で読みました

あのカリフォルニアの寿司を思い出しましたよ

なるほどね

相撲が持つ美しさや厳しさを理解せず「単調だ」とのたまう人と

あのお寿司を称える人には共通の感覚がありますね

熱心な相撲ファンは

もし力士が派手なパフォーマンスで人気を煽ろうとしたら

「んなモン要らないから中身を磨け」

っていうだろうし

シンプル極まりないお鮨の、唸るような美味しさを知っている人は

もし鮨武が『油で揚げた握り』を提供し始めたら

「どうした?頭でもどっかにぶつけた?」

と仰るでしょう。

それでもエンタメ重視の風潮は止まらない

飲食コンサルの本など読みますと

「味はフツウでいい、見た目のインパクトとストーリー性で売る!!!」

とか書いてある。

分かったからビックリマーク三つもつけるなっての

いやね、分かるんですよ、わかるけどさ

あんまり意識がそっちに偏ると肝心の中身の大切さが置いてけぼりになりませんか?

ってこと

多くないですか最近

SNSで話題、動画サイトで人気の店だけど行ってみたら全然美味しくなかった

ってやつ

中身がペラペラなのに宣伝のテクニックだけで売り込むからそうなるんだってのカネ返せ

やっぱり、無理に映えなくていい

冒頭で

「飾らないけど本物、ってのが好きなのだ」

と書きました。

「本物だって飾ればいいじゃん」と言われそうですが

鮨を飾ったら別の食べ物ですね、カリフォルニアのあの発想です

提供の仕方もね、余計な演出は要らないんです

一つ握るごとにいちいちポーズ決めてないでいい

サクッと握って出せっての

まぁ本人が薄気味悪いんじゃなくて

売るためのパフォーマンスをみんなで考えてやってるんでしょうけどね

アタシもね一応経営者ですからたまには商売のことも考えるんですが

お客様に興味をもってもらいたいがために

見てくれに走る気持ちが出てくると

「外見で勝負してはならじ」って自分にね

鮨屋は店と職人が小ぎれいで

あとはお鮨がビシっと美味しければ

他に余計なことはしない方がいい

サッとにぎってストンと出す、パクっと食べる

「旨いなぁ。。。」

これだけ。

本当に何もしないから

”そっちに魅力を感じる方”にとっては

「つまらない店」ってことになり

自然とすみ分けができる

やる側としたら外見に走らないから誤魔化しもハッタリも効かない

手抜きができないから厳しくもあるけど

要らん事考えないから逆に一点に集中できる

まぁそんな風に考えています。