新子は小肌のおちびさん

柔らかくて儚い感じが鮨好きの食欲をくすぐる、江戸前鮨の夏を代表するような鮨ダネです。
毎年6月半ばになると「初物」が登場し、9月の頭くらいにかけて少しずつ大きくなってゆきます。大きさによって「しんこ」→「こはだ」→「なかずみ」→「このしろ」と呼び名が変わりますが、あまり意識して言い換えないですね。

「シンコと言うにはちょっと大きいね~。」
とか
「コノシロも上手に〆ると脂があって旨いよね」
なんて時に使うくらい。くれぐれも「ナカズミ握って」
なんてやらないでくださいね。

以前お客様にいきなり「タマ、にぎって」って言われて4秒くらい固まったことがありました。「たま」ってのは殻のまま売ってる赤貝のことです。伝票名で使うほかはあまり会話には登場しません。それがいきなり「タマ握って」と来たんでびっくりして前をおさえ…いや、失礼しました、さすがに気づきましたけどね。

新子の初物は美術品並みの価格です

今年の新子の初物は少し遅れて6月20日くらいだったかな。予想はできたけど値段を聞いてびっくり。キロあたり20万超えだったそうです。「だったそう」とはこの目で見てないから。その辺のモノは買い手が決まってて店頭には並べないわけ。 歩留まり半分としてにぎり一個の原価が1万円くらいでしょうかね。魚の値じゃないっての。

元々は八月のものだった

私が駆け出しだった40年余り前は、お盆前くらいにようやく新子が並び始めたものでした。勿論小肌よりは希少なものとして扱ってたけど、今みたいに一個〇千円なんてなかったです。

「お鮨一貫で2枚の小肌使ってます」
「へ~そりゃ贅沢だね~」

って感じ。それがいつしか、漁期は早まり、魚は小さくなり、値段だけがぐんぐん成長。一貫握るのに6枚とか7枚使わないと形にならないくらい小さな魚がもてはやされるように変わっていったんですね。

今や「お金持ちの遊び心」とセットで楽しまれる、贅沢品になってしまいました。

8月の新子は値も下がって脂も乗ってきて旨い

上にも書いたけど、本当に旨い新子はこれからです。お鮨一貫に1〜2尾を漬けるこの時期、小ぶりながらもほんのり脂が乗ってきて、噛むとふわっと甘みが広がる。これこそ、職人としても握っていて心が躍る瞬間です。

派手な初物競争もいいですが、私はこの“遅れてきた主役”こそ、新子の真骨頂だと思っています。夏の終わり、秋の足音を少しだけ感じながら、ぜひ味わってみてください。

小振りな小肌の鮨をつまみながら、ぬる燗、蚊取り線香、コオロギの鳴き声…。

こりゃたまらん。。