
鮨においてシャリは魚と同等かそれ以上に大切です。
シャリの味と存在感が魚のそれと一緒になったときにはじめて、一貫の鮨が完成する。
完成度の高いシャリがなければ美味しい鮨にはならないのです。
八重原台地のお米
鮨武で使っているのは、長野県東御市・八重原台地で作られたコシヒカリです。
作っていただいているのは、柳澤謙太郎さん。

明治大学農学部を卒業し、代々続く農家を継いで米作りをしています。
鮨武ができる前から、もう20年近いお付き合いになります。
八重原台地は朝晩の寒暖差が大きく、そこで育つお米にはツヤと張りがあります。
田んぼを潤すのは、生活排水がほとんど入らない蓼科山からの湧き水。
私たちも何度も田んぼを訪ね、柳澤さんにその湧水地まで案内していただきました。
柳澤さんから、こんな話を聞いたことがあります。
子供の頃、春先になると家の男たちが何日も山に篭り、冬の間に積もった枯葉を水路から取り除いたそうです。
田んぼに水が入るずっと前から、米作りの仕事は始まっているのです。
一方で柳澤さんは、昔ながらの農業を守るだけの人ではありません。
田んぼの土のpHを常に確認し、その状態を見ながら肥料の量を調整するなど、科学的な方法も取り入れています。
実直で、とても研究熱心な米農家さんです。
生きたお米
柳澤さんのところでは、収穫した米を籾の状態で保存しています。
籾は、地面に撒けば芽が出ます。
いわば、**「生きたお米」**です。
魚に鮮度があるように、お米にも鮮度があります。
必要な分を精米してもらい、鮨武へ届けてもらっています。
一度にたくさん炊かない
鮨武では、1.5升まで炊けるガス釜を使っています。
それでも一度に炊くのは、8合程度まで。
一日の営業で使うシャリを、最初にすべて用意してしまうことはありません。
炊き立てのシャリでお鮨を食べていただきたいからです。
水加減も毎回同じではありません
米と水の量を決めて、毎日まったく同じように炊けば同じシャリになる。
そういうものでもありません。
その日の水の温度も、空気の湿度も違います。
だから鮨武では、前回炊いたシャリの仕上がりを見て、次に炊くときの水加減を微調整します。
これはコハダを仕込むとき、昨日の仕上がりを見て今日の塩加減を調整するのとよく似ています。
レシピだけではなく、前回の結果を見て、今日の状態に合わせる。
それも鮨屋の仕事です。
砂糖を使わないシャリ ― 塩梅(あんばい)

鮨武のシャリには、砂糖を使いません。
それは江戸前鮨の伝統という面もありますが、砂糖を加えなくても、酢と塩のバランスを整えることで、米が持つ甘みを十分に感じることができるからです。
鮨武では昔から、これを**「塩梅(あんばい)」**と言ってきました。
酸味と塩味。
どちらかが強すぎてもいけません。
酢と塩がちょうどよく混ざり合ったとき、不思議とそこに旨みや甘みが感じられるようになる。
それを「塩梅が良い」と言います。
質の良いお米を塩梅よく仕上げること。
鮨種と一緒になって初めて一貫の鮨を完成させるので
シャリだけを必要以上に主張させない。
それが、鮨武のシャリの考え方です。
手で感じる、シャリの艶

シャリを右手に取ったとき、ほどよくまとまり、ほどよくほぐれる。
熱すぎても、冷たすぎてもいけません。
そして調子のいいシャリには、手の中でふっと**「艶」**を感じることがあります。
見た目の艶ではなく、握る手が感じる艶です。
これが、鮨武にとっての良いシャリです。
反対に、時間が経ってシャリの状態が落ちてくるのも、手で感じます。
炊き上がりの良し悪し、シャリ切りの技術、その後の管理がきちんとしていることがわかります。
だから「炊いてから何分経ったから交換」と時間だけで決めるのではなく、握ったときの感覚を見ながら、状態が落ちたと感じたら次のシャリに替えます。
温度を保とうとして強く保温し続ければ、かえってシャリを劣化させてしまうこともあります。
最後にシャリの状態を判断するのは、毎日鮨を握っている職人の手です。
お鮨を味わうときに
お鮨を食べる時、無意識に魚の味だけを探してしまうかもしれません。
お鮨の醍醐味は口のなかで魚やシャリなどが混然一体となる味のハーモニーにあります。
次の一貫を召し上がるとき、ほんの少しだけ意識してみてください。
美味しさの先にある八重原の豊かな大地と清廉な水、お米を作る人の情熱と、鮨屋の仕事をお楽しみください。
