鮨武のわさびの故郷を訪ねました。

2021年4月、中伊豆のカネイチわさび園さんに日頃のご挨拶をしに行ってきました。

鮨武では数年前にツーリングの途中でこのわさび園を知って以降、ずっと採れたての最高級わさびを送っていただいています。

当日は朝から雨模様でしたがわさび園に近づくと雲の切れ間から日光が。

明るい日差しに照らされるわさび田と清らかな水、鳥のさえずり。

冷たい雨の中、バイクで走ってきた疲れも一気に忘れてしまいます。

現当主の塩谷典久さんは現役の講道館の柔道家で、大会では審判もするがっしりした40代後半。

誠実な人柄がにじみ出るとても明るい方で、今回の訪問も快く迎えていただきました。

当家はこの地で400年前から代々わさび園を営んでいるそう。

今は先代親方に代わって写真の塩谷さんがわさび田を引き継いでいます。

いざわさび田へ

ご挨拶がてらひとしきりお話したあと、塩谷さんの運転でわさび田の見学に向かいます。

カネイチわさび園の看板からわさび田までは、直線距離ならすぐなのですが、何しろ急坂を登るので歩きでは厳しいのです。

怖いくらいの荒れた道路を軽ワゴンで登り、徒歩で山道を歩くことしばし。

山が迫る急斜面の谷底にわさび田が広がっていました。

人工物とは無縁のような山奥で、人の手で整然と区切られたわさび沢の光景にしばし言葉を失います。

塩谷さんによると「300年以上前からこの地でわさびを作り続けてきた」とのこと。

見ると谷底の急流を階段状に整地して段々畑のようにわさび田を形成しています。

上流部で湧き出た豊富な水が上の段から下の段へ、さらにその下の段へと流れ落ちてわさびに栄養を運びます。

斜面が急なので各ワサビ田の落差が大きく、田の縁の石垣を歩くときは足がすくみます。

石垣は砂の流失を防ぐと同時に「ろ過装置」の役目を持たせているのだとか。

そのためか所々石垣ののり面から水が噴き出しており、決壊しそうな怖さも感じました。

よく見るとコケむした石垣はところどころ修復の跡があり、脆くなっているところには足を乗せないように注意を促されます。

「去年の大雨であそこの石垣が全部ながされちゃったんです(笑」

って笑えません。

この地の人々は大雨で流され、地震で崩れ、または流水の力で自然に決壊した石垣を、そのたびに修復を繰り返しながらこの沢を守ってきたのでしょう。

こんな場所なのでもちろん重機は入れません。

『ここはわさびを介した人と自然の格闘の歴史そのもの』

美しいわさび田に感動しながらも、この地で生涯をわさび造りに捧げた先人たちの苦労を思います。

何と言ったらいいのだろう。

『転落が危険なので普段は人をご案内しない』というこの沢に立たせていただき、説明を聞き、この地のわさびを使わせていただく身として

「きれいだった、楽しかった」

で済まされない

「わさびを育む土地と人の凄みのようなもの」

に触れることができたのは、鮨を生業にする自分にとって本当い幸せなことだと感じました。

↓↓(カネイチわさび園さんのFBページには崩落した石垣の修復の様子もアップしてあります)


沢の手入れだけではない。わさび栽培の大変さ。

厳しいのは沢の手入れだけではありません。

美味しいわさびを育てるための手間の多さも、知れば知るほど驚きの連続でした。

美味しいわさびを収穫するためには水、日光、湿度、気温の寒暖差、水生の生き物たちなど

『人間の力ではどうにもならないのでは?』

と思える自然界からの影響を、「何とかしてコントロールすること」だと教わりました。

手抜きをしたら決して美味しいわさびにならないことは

「自然に生えるわさびはあるにはあるけど、どれも根の部分は殆ど育ってないですね」

という言葉でも分かります。

収穫までの1年半、休むことなくわさびの世話をし続けても

「期待した出来にならないことも多いです」

「何年やっても分からないことばかりです」

屈託なく、ジョークを絡めて説明してくれる塩谷さん

「強い人だなぁ」と思います。

中伊豆のこの地は地質や水の量、日射量などわさびにとってまさにうってつけの環境。

それは「生産量日本一」という事実に明確に表れています。

そんな祝福された土地で長年わさび作りだけに取り組んできたプロの栽培家をもってしても

「分からないことだらけ」と言わしめるほど、わさびの栽培は難しいのですね。

最高級品種を完全無農薬で育てる

カネイチわさび園のわさびは最高級品種の「真妻(まづま)わさび」です。

爽やかな辛さの中に豊かな香りと甘みがあるのが特徴で、市場でも高値で取引されます。

半面、植え付けから収穫まで他の品種より時間がかかり、環境の影響を非常に受けやすく「扱いが大変」なのが特徴。

そんな真妻わさびを塩谷さんは完全無農薬で育てています。

気軽に注文していた己の軽さが恥ずかしく、塩谷さんの日々のご苦労がかたじけなく、自然と頭を垂れる鮨武なのでした。

「わさび、収穫してみますか?」

「何気なく使っていたわさびがこんな苦労を重ねた末に出来上がっていたんだな…。」

と、少し申し訳ない気持ちでいたところにこのお誘い。

「はいはいはいはいハーイ!!ありがとうございます!お願いします!!!」

とそんなにガラッと態度変えるなよオレ。

ということで「ぼちぼち収穫しようと思っている田んぼに行ってみましょう」

となり車で移動です。

移動と行ってもほんの数分だけど、何しろ急坂なので車での移動は本当に助かりました。

塩谷さんから手ほどきを受け、人生初の極上ワサビの収穫体験です。

直径10㎝程の株を包むようにガシっとつかみ、そのまま身体全体で立ち上がるように抜き上げます。

冷たい水の中からズルズルっときしむような手応えでわさびが抜きあがります。

根に引きずられて舞い上がった土煙も、流れる水であっという間に消えてゆきます。

そして手にはずっしりと、硬質で、冷たく、力強いわさびが。

小さな水生の虫があわてて隠れるのが見えます。

何というか、エネルギーの塊を両手でつかんでいるような感覚です。

抜いたわさびを塩谷さんが水の中で手早くさばくと、パカッと根が開いて中からいつものわさびが顔をだしました。

びっくり。

わさびって1本で生えてるのではなく、一つの親株の周りを子株がぐるっと囲むように生えてるんですね。

周りのチビわさびは、状態が良ければ別の田に植えかえ、ダメそうならお蕎麦屋さんに出荷したり、漬物用にするのだとか。

田の縁にアオダイショウが丸まっています。

収穫したわさびを使ってさらに詳しく、ワサビについての知識を教えていただきました。

塩谷さん、ホントわさび博士です。

筍やワラビなどのお土産までいただき…。

その後収穫したわさびを手に看板があるお住まいまで戻り、手作りのお茶請けをいただきながら歓談しました。

やはり、というか塩谷さんのお母様はかつてわさび田の縁から下のわさび田に落ちて生死の境をさまよった経験がおありでした。「ドクターヘリが無かったら生きていなかった」と。

あの高さだものさもありなん。

大事に至らなくてよかったですね、お母さん。

帰り際には「さっき急いで裏山に入ってとってきた」という筍や山菜を沢山持たせていただきました。

いやー今回の訪問は本当に実りと感動が多い、素晴らしい体験をさせていただきました。

鮨武のわさび、美味しいわけです。

もうね、当たり前なんです。

あんな環境で、あんな凄い人達が育ててくれてるんだもの。

あれから店でわさびを擦るたびに沢の光景と塩谷さんの笑顔が浮かんできてます。

ちょっと半笑いになっちゃうけどマスクしてるからお客さまにバレませんw

また是非、間を開けずに、勉強させていただきに伺いたいと思いました。

ありがとうございました。

感謝をこめて。