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お鮨の数え方

「カン・貫」という単位はどこから来たのか

お鮨を数えるとき「〇貫(カン)」という単位をつかうことが多いですね。

この「カン」の由来は実はよく分かっていないんですよ。

諸説フンプン、ネットにも国立国会図書館のそれらしい本にも確かな情報はありません。

いや、無いと思いますが見つけられないだけかも。。

たまに

「江戸時代のお金でヒモに通して1貫になる量が鮨ひとつと同じくらいだった」

という方がいますが、当時の1貫て重さにすると3.7kgくらいあったワケで

「まぁちょっと違うかも💦」ですね。

ひとつ3.7kgのお鮨ってあなた、使うご飯は1升より多いわけでどうやっても握れません。

「お鮨って船のカタチに似てるから艦の文字から来てるんだよ」

ってカウンターでお連れの女性に教えて差し上げてる方もいらっしゃいまして

アタシは知らん顔してても心の中では

「多分違うかも」

と思っていて、でも本当の正解をアタシだって知らないわけでこれは黙っているより上策はありませんね。

で、アタシなりに創作したストーリーがありますので

今日はこちらを披露してみようと思うわけですw

まずは妄想を思いついた背景から。

背景①

明治から大正にかけて「10銭を1貫」と数えた時期があったんです。

(当時100銭で1円でしたが、この妄想、通貨の価値やら物価を考えると面白くないのでそこらは取り合えず無視です。)

古典落語の「鮑のし」に、主人公が50銭だけもって魚を買いに行ったが、50銭で買える魚は売り切れてしまっている、という場面があります。

そこでの会話で

魚屋:「なんだ50銭しか持ってないのかい?しょーがねぇな、ここにアワビが3杯あらぁ。1杯2貫で3杯6貫だ、50銭に負けてやるからこれ、もってきいきな」

というくだりがあるんです。

当時は意味が分からなかったけど、最近になって上述の

「10銭を1貫と呼んだ時期がある」ことを知って会話の意味を理解したのと同時に

「あ!」と思ったわけです。

背景②

志賀直哉の「小僧の神様」(大正9年)で「すし一つ6銭」という場面がある。

そこでまた「あ!」と思ったわけです。

「鮨の単位、カン」誕生の鮨武的創作ストーリー。

いきますよ、コホン。

鮨の世界には我々が使う符丁をはじめ、粋とされてる言葉使い(言葉遊び?)がちょいちょいありますね。

醤油をムラサキ、生姜をガリ、かんぴょうをキヅなんて言ったりするあれです。

時は昭和30年代後半、商売で成功した60代後半の旦那が銀座の鮨屋で大将と向き合っています。

旦那:「オレが子供の頃はさ、鮨なんか一つ5銭だったよ。親父と風呂に行ってその帰りに屋台で食べさせてもらってたんだ、それが嬉しくってね」

大将:「5銭ってぇと、今のおいくらくらいなんでしょね」

旦那:「さぁねぇ、時代で物価も変わっていくから、よく分からねぇなぁ。それでもそんなに安いもんじゃなかったと思うよ、何たってそれが楽しみだったからなぁ」

旦那:「それがさ、働き出して自分の金であの鮨を食べたいと思ってね、行ってみたら、もうそのころには1個で1貫くらいしてたもんなぁ」

大将:「なんです?その1貫てのは」

旦那:「昔はね、10銭で1貫て言ってたんだよ。」

大将:「値が倍になってたってことっすね。すし1個で1貫ですか、それはそれで、またすっきり分かりやすくってよろしいじゃございませんかね」

旦那:「まあさ、それも昔の話でさ、今もおめえんとこの鮨は高くてしかたねぇやな」

大将:「あこりゃ参りやしたね、それじゃ今日だけおひとつ1貫てことで手打ちしましょうかねエヘヘ」

旦那:「調子のいいことを言うんじゃないよ、そんなに安くしちゃすぐにでも店が潰れちまう」

大将:「へ、お気遣い、ありがとうございやす」

かくしてこの旦那と大将の間では暗黙で鮨1個が「1貫」と呼ばれるようになり

そのやり取りを聞いた他のお客さまが

「なるほど、通はそう数えるのか…メモメモ」となり

それがやがて広がっていき。。

というのがアタシの中での「カン」誕生の妄想です。

妄想宣言してるので誰かに話して真向否定されても文句言わないでくださいね。

ちなみに文中の「キヅ」ですが、京都の木津がいい干ぴょうの産地だったことに由来しています。

「キヅ巻いて」

なんてね、言います。

私は粋だともかっこいいとも思わないんですけどね

「かんぴょう巻いて」でいいじゃん。

ね。


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