生ではなく仕事をしてからにぎる

お客さまとお話していてたまに出てくるのは「江戸前とはなにか?」ということです。

鮨武としては

①江戸城築城で働いた数万人の人の食事に使う魚の多くが目の前の海から調達された(江戸城前の海)
②上方から伝わった「押し鮓」や「熟れ鮓」は作ってから2・3日は寝かす必要があったが、作ってその場で食べられるように江戸っ子が形を変えた(にぎり鮨)

の二つが合わさって「江戸前鮨」という言葉が生まれた、という説をとっています。

「生のままではなく、魚介に仕事をしてからにぎるのが江戸前鮨」

=「魚を生のままにぎるのは江戸前鮨とは言わない」

という説もよく耳にしますが

本当に「魚に仕事をする」ことが江戸前鮨を名乗るうえでの大前提なのでしょうか?

確かに昔はすべての魚に何らかの”仕事”をしていた

確かに先代含めて業界の大先輩から

「昔はアジでもキスでもみんな〆ていたしイカでもシャコでも煮て鮨につけていた(にぎっていた)」

という話を私も沢山聞いてきました。

これが

仕事をしてから鮨にするのが普通だった
    ↓
元祖江戸前鮨はそういうもの(だった)
    ↓
生の魚をにぎるのは江戸前鮨にあらず

という図式で浸透していったとは考えられないですかね。

”魚に仕事をする”ことが江戸前鮨を名乗るうえでのこだわりではなく

”昔の東京の鮨はこうだった”ってのが何となく独り歩きして

「これこそ江戸前鮨」になっただけじゃないのかしらってね。

実際のところは分からないけども、少し想像してみるとそうとしか思えないんですよね。

冷蔵庫も氷もない真夏の岸壁

夏に防波堤で釣りしたことがある方なら想像がつくと思います。

釣った魚を氷入りのクーラーに入れないと、本当に5分で干からびますよね。

電気冷蔵庫以前の、氷式の冷蔵庫ですら普及していったのは明治時代の後半です。

江戸前鮨がうまれた江戸時代の後半にはその氷すらなかったわけで

この時代、とくに夏場は獲れた魚はあっという間に鮮度が落ちていったことでしょう。

急激に温度上昇する魚たち

朝日がぎらぎら照らす岸壁に漁師から水揚げされた魚たち。

すでに朝日を浴びて温度は上昇し始めています。

すぐに競りが始まり、大急ぎで店に持ち帰ったとしても

店にだって氷なんざありゃしない。

もちろん冷蔵庫もない。

河岸から店までコモをかけて大八車で早足で運んできたけど

おそらく魚の温度は相当高くなり匂いも出始めてるかもしれない。

普通に考えればこの時点で生食は難しかったろうし

お客様がこの魚たちを食べるのは更に数時間後。

もう一度言いますがその間冷蔵庫はありません、無いんですよ冷蔵庫!

もうなんなのよ!

これはもう、光の速さで魚を処理して音速で塩で〆たり煮たりしなきゃ

鮨はおろか、食べ物としてお客様に提供できるわけがなかったんじゃないかと。

こだわりではなく必要なだけだった

なので

「江戸前鮨を標ぼうする以上、必ず仕事をしてからにぎるべし」

というこだわりではなく

「そのままじゃあんた、生臭くて喰えたもんじゃねーっての」

ってのが現実じゃないのかなってね。

「生より仕事してある方が旨い」ってそれは今でこそツウな響きがあるけど

当時に置き換えたら

「あたりめーじゃねーか、あんなモン生でなんか喰えるもんかっての」

ってことだったと思うんでさ。

150年前の江戸っ子だって、氷と発泡スチロールがあればさ

鮮度抜群の生の魚をうめ―うめ―って食べてたと思うんだけどどうなんでしょうね。

鮪のトロは捨てていた

これもね

「江戸っ子は赤身のさっぱりした部分を好んでいた」

って説もあるんですがね、食べ物がそれほど豊富じゃなかった時代

しかも物を大切にするここは日本。

好みじゃないから捨てるって、んなワケないでしょうよ。

これも多分同じ理由でして

トロってのは皮の近く、つまり鮪の表面にあるんです。

外房で漁師が獲った鮪を片側4人の高速舟で江戸湾を突っ切って運び込んだとしても

冷やすものが無いもんだから鮪の表面は温まっちゃうんでね。

結局「鮮度落ちで食べられなかった」

ってのが本当のところのような気がします。

「生よりも仕事をした方が旨いから」

「そうするのが江戸前鮨の流儀だから」

と色々と華燭した物言いはできると思うけど

真相は案外そんなモノだったのではないかしらというのがアタシの考えです。

今日はこのへんで。